本稿ではDIC株式会社の有価証券報告書を紐解いて会社分析をしていきたいと思います。経営状態や組織図をざっと俯瞰し、自分が本当に目指したい会社なのかの検討に役立てて頂ければ幸いです。
DICの基礎IR情報
回次 | 第120期 | 第121期 | 第122期 | |
決算年月 | 2017年12月 | 2018年12月 | 2019年12月 | |
売上高 | (百万円) | 789,427 | 805,498 | 768,568 |
経常利益 | (百万円) | 56,960 | 48,702 | 41,302 |
当期純利益 | (百万円) | 38,603 | 32,028 | 23,500 |
自己資本比率 | (%) | 37.9 | 37.1 | 38.9 |
自己資本利益率 | (%) | 13 | 10.4 | 7.7 |
株価収益率 | (倍) | 10.5 | 10 | 12.2 |
営業活動によるCF | (百万円) | 54,196 | 50,990 | 50,637 |
投資活動によるCF | (百万円) | △58,938 | △38,388 | △24,884 |
財務活動によるCF | (百万円) | 11,375 | △11,781 | △26,799 |
フリーCF | (百万円) | -4,742 | 12,602 | 23837 |
2019年度は売上高7686億円に対して経常利益413億円です。
化学企業での全体平均がここ五年間は6-8%程度(財務省発行 年次別法人企業統計調査)。過去4年間ベースで考えても営業利益は平均よりも少し低いです。
単体で売上2500億円で経常利益212億円です。実は本体は経常利益率10%に迫っており、子会社が経常利益を押し下げ ています。ここ5年で売上は全く伸びておらず、苦戦していますね。
DICってこんな会社!
印刷インキ、ファインケミカル、ポリマー分野で売上の75%を占める化学メーカー。印刷インキ、有機顔料、PPSコンパウンドでは世界トップシェア。海外売上比率は60%を越えてます。
液晶を扱うポリマ、顔料や金属石鹸を扱うファインケミカルの営業利益率が高いです。
本業であるプリンティングインキでは営業利益3.6%と苦戦しています。電子書籍や空間ディスプレイなどの登場で、印刷業界の市場は縮小傾向にあると考えられ、今後も厳しい状況が続くと予想しています。
子会社に DICグラフィックス(株) 66.6%; 星光PMC(株) 54.5%があります
元々は川村インキ製造所という印刷インキ屋さんが母体で、いまも印刷インキの売上だけで50%になります。印刷インキだけだと先細ると考えたDICさんは液晶材料や包装用フィルム、記録材料分野へ参入して多角化に成功しました。
※コンパウンド :機能性樹脂そのものです。ペレットとして売られています
※ファインケミカル:少量多品種で複雑な構造をもつ高機能、高付加価値な化学製品のこと。大量生産しないのでバッチプロセスで作られる。
顔料とインキは何が違うの?
溶剤に溶ける着色剤を染料、溶けてない着色剤を顔料といいます
インキは”液体に分散させて塗れる状態にしたモノ”のことをいい、染料インキと顔料インキと両方ともあり、染料は繊維を染める用途、顔料は塗料や化粧品用途がメインです。
染料インキ:発色が良い反面、乾きにくい
顔料インキ:乾きが速い反面、発色性に劣る
DICの社名の由来
DICとはDainippon Ink and Chemicalsのアルファベットをそれぞれ取って付けたようです。DNPと同じパターンですね。2008年4月から「大日本インキ」という社名からの変更です。古臭い名前だったのでイメージを良くしたかったんでしょう。
ちなみにディックと読むのは禁止されているようです。その理由は……気になる方は英単語を検索してみてください。まあ気分を害されるかもなので検索しないことをオススメします
注目したDICのポイント
ファインケミカル・ポリマー事業で高い営業利益率だが先行き不安
セグメント | 当年度売上 | 営業利益 | 前年同期比 | 営業利益率 | 主な製品 |
プリンティングインキ | 380,558 | 13,783 | △21.0% | 3.6 | 各種インキ、製缶塗料、包材用接着剤、印刷用プレート、印刷関連消耗材 |
ファインケミカル | 132,267 | 16,409 | △5.5% | 12.4 | 各種顔料、光輝材、化粧品用顔料、金属石鹸、硫化油 |
ポリマ | 205,818 | 17,532 | △10.6% | 8.5 | TFT液晶、STN液晶 |
コンパウンド | 65,222 | 3,221 | △35.4% | 4.9 | インキ・塗料用、成形用、接着用、繊維加工用の各種合成樹脂 |
アプリケーションマテリアルズ | 58,479 | 3,196 | 23.00% | 5.5 | PPSコンパウンド、樹脂着色剤、機能性光学材料 |
2019年8月に発表されたBASF社 Colors & Effects事業の買収により、ファインケミカル事業を経営の主軸にしようと動いています。筆者も正しい判断だと思っており、富士フィルムのように本業を縮小して転換する重要な転機に来ているように感じます。
インク事業も先細る未来がみえる分野です。また現状で利益が出ているポリマー事業もメインは液晶材料です。
ディスプレイがマイクロLEDや有機ELに置き換わっていくことを考えると、将来的に売上が上がるとは思えません。この事業も次世代ディスプレイの技術開発を行うか、もしくは縮小するかの選択を迫られると思います。
ROE10%越えも株価には影響を与えない
自己資本が少ないため当期純利益で割り算するROEが高く見積もられてしまいます。これがもし自己資本が多く、自己資本比率50~60%であればROEは5~6%に低下します。
したがって素直に効率的に利益を出せているとは評価できず、現在まで5年間の株価推移をみても1.2倍程度と控えめな上昇に留まっています。ちょうど日経平均の上昇量である1.2倍と連動する形ですね。
・銀行と深いつながりがあるので資金調達が簡単に行える
・保有キャッシュを効率的に利用できているようにみえる
現状での資金繰りは問題なし
フリーCFがプラスであり、営業CFもプラスです。自己資本比率も37%と少し低めですが、経営が問題になるレベルではありません。
ただ2020年までにBASFの Colors & Effects 事業の買収により1162億円を支払うため、一時的に資金繰りが悪くなる可能性があり、少し心配ではあります。
ネット通販で全世界にシェアを持つ米国のアマゾン社は、得た利益の殆どを拡販のために投資しています。
決算では毎回赤字のフリーCFですが、投資家からは大いに評価されており、株価ベースでも5年間で4倍近くに上昇しています。
BASF Colors & Effectsを子会社化
2019年8月29日、欧州化学メーカー最大手のドイツBASF社が保有する顔料事業であるBASF Colors & Effectsに関する株式及び資産の取得を決定し、同日付でMaster Sale and Purchase Agreement(包括契約)を締結
DICがBASFの Colors & Effects 事業を1162億円で買収します。ただ現金は100億円しかないため、ブリッジローンで乗り切って借り換えする形のようです。新株発行はしないため希薄化の心配もありません。
流動資産自体は4100億円あるため返済も問題ないでしょう。
買収目的はファインケミカル事業の強化とみる
主に有機顔料やディスプレイ顔料を扱っているColors & Effects 事業はDICの事業区分だとファインケミカル事業にあたります。
利益がでない本業のインク事業から、利益率の高いファインケミカル事業に主軸を移したい考えが読み取れます。
市場規模として2.3兆円ある顔料市場のうち、40%を占める高級顔料に焦点を当てて事業拡大をしていく予定です。具体的にはDICが弱かった自動車塗料業界とスペシャリティ業界をBASFの Colors & Effects 事業を使って補完したいみたいですね。
米国の子会社化であるサンケミカル社のグラフィックアーツ材料部と合わせて、これで北米市場と欧州市場の両方をカバーできるようになります。売上も9500億円と大台に迫ることになり、シナジーを発揮して上手く営業利益を伸ばしていけるかがカギになります。
直近の決算からみるDIC近況
回次 | 第121期 | 第122期 | |
会計期間 | 2018年1~3Q | 2019年1~3Q | |
売上高 | (百万円) | 600,748 | 576,587 |
経常利益 | (百万円) | 36,441 | 29,964 |
当期純利益 | (百万円) | 22,442 | 18,327 |
売上高は前年同期比4.0%減となった理由は、世界的に電気・電子や自動車向け材料の需要が落ち込んでいるからです。。出荷数量の落ち込み幅は縮小の傾向がみられます。
営業利益は前年同期比19.1%減となったのは、高付加価値製品を中心に出荷数量の落ち込みに加えて、一部品目で製品価格が低下したことが原因です。円高により海外事業を円換算した際に目減りしてしまっている影響も受けています。ここ一か月で3円ほど円高に振れているので、海外事業は3%ほど目減りしているようなものですね。
営業利益率は原料価格の低下を含めたコスト削減効果により4Qにむけて改善しており、減益幅も縮小している。特に中国・東南アジアにおいては第2四半期から増益に転じており、当第3四半期は増益幅がさらに広がった模様。
売上海外比率が高いと為替リスクがある
基軸通貨として採用されている日本・アメリカ・スイスなどは「円安株高」or「円高株安」になりがちです。これまでは前者で世界的に経済が上向いていました。逆に後者では、経済が低迷している上に円高なので為替によって円換算利益がどんどん削られます。
コロナウイルスと東京オリンピック延期のダブルパンチにより急速な不況が進み、2012年の1ドル=80円時代の到来も容易に予想できます。ここから企業にとって厳しい時代になっていくでしょう。
DIC株式会社の就活情報
技術系総合職は地方国立大学院生以上なら狙える。旧帝大のメンツが内定者の半数を占めるため少し気張る必要がある。メイン層は地方国立大学院生以上。
選考フロー
履歴書・履修履歴・テクニカルヒアリングシート ⇒ 説明会+会場での適性検査受験⇒ 一次面接 ⇒ パワーポイントを用いた技術面接 (ここで筆者撃沈)⇒ 最終面接 ⇒ 内々定
DIC選考の筆者体験談
履歴書とともに単位の履修履歴も出さされる稀有な会社です。説明会と共に行われる適正検査は(フェルミ推定+数学+英語)といった試験でした。一次面接では5年目くらいの男性技術社員と面談しました。初めてだったのか筆者よりも緊張していた彼は、面接マニュアルを見ながら質問してくれました。
技術面接では重役に対してパワーポイントを使っての研究紹介です。当時の私は、こちらの記事に乗せている内容が全く出来ておらず、研究紹介を詳細にやって展開先やコスト感などを何も述べなかった結果、撃沈しました。
発表を聞いている重役も楽しそうではなかったですね。
会社沿革
年月 | 沿革 |
1908年2月 | 東京・本所において印刷インキ製造業川村インキ製造所として創業。 |
1950年5月 | 株式を東京証券取引所に上場。 |
1952年2月 | 米国の合成樹脂メーカー Reichhold Chemicals, Inc.との合弁出資により、各種合成樹脂の製造・販売を行う日本ライヒホールド化学工業株式会社(以下JRCと略す)を設立。 |
1968年1月 | 米国Hercules Inc.との合併により、製紙用薬品事業を行うディック・ハーキュレス株式会社(後の日本ピー・エム・シー株式会社、現星光PMC株式会社、現連結子会社)を設立。 |
1979年3月 | 米国の印刷材料メーカー Polychrome Corp.(1989年10月 Sun Chemical Corp.に吸収合併)を株式の公開買付により買収。 |
同 年8月 | 株式会社ディック・クリエーション(現株式会社ルネサンス、現関連会社)を設立。 |
1986年12月 | 米国 Sun Chemical Corporationのグラフィックアーツ部門を買収。新Sun Chemical Corp.(現連結子会社)として発足。 |
1987年9月 | 米国 Reichhold Chemicals, Inc.を株式の公開買付により買収。 |
2008年4月 | 創業100周年を機に、商号をDIC株式会社に変更。 |
2009年10月 | 大日本印刷株式会社の子会社であるザ・インクテック株式会社(現株式会社DNPファインケミカル)と国内印刷インキ事業を統合し、DICグラフィックス株式会社を設立。 |
2019年9月 | BASF Colors & Effects 事業を子会社化 |
DIC株式会社の主要事業と経営目標
プリンティングインキ
出版用インキ:需要減少などにより減収、および原料価格上昇や物流コスト増の影響などにより大幅な減益となった
ファインケミカル
顔料:カラーフィルタ用や光輝材などの出荷は伸長したが、化粧品用の出荷低調により減収
TFT液晶:製品価格低下の影響で減収
上記の売上状況に加えて中国における環境規制の影響で減益となった
ポリマ
エポキシ樹脂:電気・電子向けに伸長したことに加えて製品価格の改定が進んだため増収。しかし製品価格の改定が原料価格上昇スピードに追いつかなかったため減益
コンパウンド
PPSコンパウンドやジェットインキ:出荷は順調だが、低収益製品の事業縮小により、全体として若干の増収
低収益製品の事業縮小に伴うコスト増や原料価格上昇により大幅な減益
アプリケーションマテリアルズ
多層フィルムや中空糸膜モジュール:高付加価値製品の出荷が伸長して増収増益
新中期経営計画「DIC111」での経営指標
2019年度計画 | 2020年度計画 | 2021年度計画 | |
売上高 | 850,000 | 900,000 | 950,000 |
営業利益 | 52,000 | 60,000 | 70,000 |
売上高営業利益率 | 6.10% | 6.70% | 7.40% |
親会社株主に帰属する当期純利益 | 35,000 | 37,000 | 45,000 |
EBITDA (注) | 87,000 | 91,000 | 102,000 |
売上高EBITDA率 | 10.20% | 10.10% | 10.70% |
まあ買収によって売上高9500億円に達するのは目に見えているので、さほど責めた中期経営計画ではないですね。無難です。
税引前利益に支払利息、減価償却費を加えて算出される利益のこと
国によって税制や減価償却のやり方が違うため、DICのような売上高外国比率が高い企業間の収益を比較する際に便利な指標です
買収対象となる会社の価値を評価する方法のひとつでもあります
DICの注目ニュース
女優、吉岡里帆さんを起用した企業ブランドCMを1月から放送
DICのCMとしては第4弾となります。CM中では食品包装技術やスピルリナの栄養価、カラーフィルター用顔料などの解説を行っています。
企業ブレンディングでの知名度向上は事業拡大において効果を発揮します。
また知名度が上がることで応募してくる就活生も増えるといった副次的なメリットもあります。DICのCMは面接でアイスブレイクのネタに出来るのでぜひご覧あれ
半導体市場を睨み大型脱気モジュール生産を強化
2020年2月に中空糸膜モジュール「SEPAREL」シリーズの生産能力増強を発表しました。
大型脱気モジュールは、中心部が空洞の繊維であるSEPARALに液体を通すことで、液中に溶け込んでいる窒素や酸素などの不純物を取り除くことができる装置です。
半導体や液晶ディスプレイ(LCD)、電子部品の製造工程で用いられる超純水を製造する水処理装置メーカーなどが利用しています。
脱気モジュールによる溶存ガスの除去をしないと、高純度流体の分析時にノイズが入ってしまいます
脱気はフィルターの表面積がでかいほど効率的に行えますが、コスト面から出来るだけ小型化したいのが本音。中空になっている膜を使えば内側と外側で表面積が2倍弱に膨らむので小型化に繋がります
DICの平均年齢・勤続年数
年月日 | 2014年 | 2015年 | 2016年 | 2017年 | 2018年 |
従業員数(単独) | 3,542人 | 3,581人 | 3,510人 | 3,503人 | 3,538人 |
平均年齢(単独) | 41.7歳 | 41.8歳 | 42.3歳 | 42.7歳 | 43.1歳 |
平均勤続年数(単独) | 18.1年 | 18.1年 | 18.3年 | 18.7年 | 18.8年 |
従業員も平均年齢も勤続年数も5年間で全く変化がない。新卒入社数が定年退職者と釣り合っており、適切な年齢別人員バランスとなっている可能性が高い。
平均給与・勤続年数
従業員数(人) | 平均年齢(歳) | 平均勤続年数(年) | 平均年間給与(円) |
3,538 | 43.1 | 18.8 | 7,844,278 |
DIC株式会社は売上に対して従業員数は普通といった人数です。人員数はその会社がどれくらい効率化しているかがわかります。
人数が無駄に多い会社は機械や体勢が古くて効率化できていないことが多い反面、人手が多いので楽ができる可能性もあります。まあ部署しだいですが。
平均年齢が43歳と高めなので社員を大事にする企業だと感じます。勤続年数がも19年に迫っているのでホワイトに近い気質だと思います。平均給与も業界では高めですね。大手化学メーカだと普通から少し高めといった水準です。
平均給与額の算出方法がこれといって定められていないため、各社によって”どの職責までを平均に組み入れるのか”という基準が違います。
不当に低く見せたり、不当に高く見せたり自由自在です。
特にメーカーは社員の給与が高すぎると、それをダシにして取引先からもっと製品を安く売れとか恐喝されるので各社低めに算出する傾向があります
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